4月28日(火)
今日は選択についてです。
源平の争いのころ、平氏側に梶原景時という人物がいました。
敗走中の源頼朝を見逃すことで、頼朝の危機を救い、その後、鎌倉幕府で取り立てられました。
今考えると、見逃したことは英断でしたが、もし頼朝が逃げ切れなかったならば、ただの愚行、平氏サイドへの裏切り者として終わっていたのではないでしょうか。
ま、過ぎたことへの「もし」は、御法度ですが。
その時決めたことがどう転ぶかは、転んでみて初めて分かるのだと、つくづく思います。
結局、梶原景時は、頼朝の死後、他の有力御家人たちによって討たれちゃうんですよね。
彼にとって、あの時の見逃しは、吉だったのか、凶だったのか。
人によって価値観はバラバラ。
何が良くて、何がダメなのかは、第三者が決めつけることはできません。
だからこそ、自分で最適解を導き出す必要があるのだと思います。
どうなるか分からない未来、それならば、最善だと思われることをやっていこう。
そう、思います。
人生、選択の連続。
今日、こうやって書く・書かないも選択。
この後、読書するかどうかも選択。
数えきれないほどの選択を、無意識にこなしているのではないかと思います。
たまには立ち止まってみて、進んでいる方向があっているかどうか、悩むことも大切な気がします。
選び抜いた答えが正解か分からない。
せめて、正解となるように生きていこう。